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2014年7月30日 (水)

命どぅ宝 ぬちどぅたから

ネットのニュースで、ガザの悲惨な写真を目にした時、私は「いいね!」や、「シェア」が出来ない。

現実から目をそらしてよいとは、思っていない。

心な中で、「ごめんなさい」と、何度も思う。

ツイッターや、フェイスブックで、フォローしているジャーナリストさんが、今、ガザにいる。

「悲惨な写真は、あえて送らない」という人もいる。けれど、「どうしても、この現実を」という前置きのある記事もあった。

大切な人の、最後の写真を、ネットに公開したい人はいないと思う。

命に、敬意と感謝をもって、静かに見送りたいと思う。

けれど、戦場で、弱い者たちは、その死をもって、権力者の愚かさに、抵抗するしかない。

それが、戦争。それが、武力。それが、暴力。

この小さく弱い者たちの苦しみは、私たちの日常と無関係ではない。

写真は、苦しくてシェアできないけれど、想いを書き留めたいと、思った。

・・・

今、沖縄の辺野古で、基地の建設に抵抗している人々がいる。

その動画を見た。

一人のおばあが、大きなトラックの前に立ちはだかり、トラックの運転手に語りかける。

「みんなが基地に反対しているのを見てね、ちゃんと考えなさい。こっち見て。ちゃんと聞いて」

私が、戦争のことを、より深く考えるようになったのは、沖縄戦の映画を見た時だったように思う。

「命どぅ宝 ぬちどぅたから 命こそ、宝」

今、新しい基地建設に、反対し、立ち向かっている沖縄の人々は、戦争が、遠い外国のことではなく、その人たちが、子供だったころ、日本が、戦場であったのだ。

「二度と同じあやまちを、繰り返さない」と、日本が、誓ったのは、現実。

外国のことではない。映画や、ドラマや、ではない。

教科書に書いてあるから・・・写真があるから、ではない。

その歴史を、語り続けていてくれる。

その基地のために、ジュゴンのいる、美しい海を壊したら、二度と取り戻せない。

「琉球新報」 http://ryukyushimpo.jp/

・・・

見て見ぬふりをする大人に、夢は語れない。

そんな大人が見る夢は、どうせろくなもんじゃない。

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