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2013年12月 9日 (月)

秋田県立美術館にて「レオナール・フジタとパリ」

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帰りの新幹線までの短い時間でしたが、秋田県立美術館へ行くことができました。

9月28日オープンしたばかり。以前からあった、平野政吉美術館は、藤田嗣治の壁画をはじめ、たくさんの作品があり、何度か行ったことがあります。

そのコレクションが、新しい県立美術館に収蔵されたそうので、とにかく行ったら、何か見れるだろうと思ったのです。

偶然にも、7日から「レオナール・フジタとパリ」という特別展が始まったところでした。

もう期待で、はじけそうheart04

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三角の天井のホールから、2階へ上がる、宙に浮いてカーブした階段。怖いけれど、らせん階段は、好き。

以前、お台場の科学館で、うっかり、高いところの通路へ出てしまって、怖くて引き返したことがあります。今回は、楽勝だscissors

ん?この設計は? 安藤忠雄氏。。。おぉ、やるじゃん、秋田shine

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.階段の途中から、パリでのフジタの大きな写真パネルを、眺めます、というか、向こうがこっちを見てるんじゃない?という気になります。

パリに渡ってすぐの頃、1918年ごろ30代前半でしょうか?風変わりな、東洋人として、注目されました。

その一方で、この時期に、「日本から持ってきた、自分の絵具箱を、地上に叩きつけて、一歩からやり直さねばならぬ」と、決心したとも。

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そして、いよいよ展示会場入り口のある、3階に出ると、そこは・・・

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思わず声をあげてしまったほどです。

大きな窓の外に、水を張ったテラス。大通りの向こうの千秋公園のお堀と一体化しした風景が、ドカーーンと、広がっていました。

右側の、とんがった屋根に丸い窓の建物が、元の平野政吉美術館です。

平野政吉さんという人は、フジタが、日本で、妻マドレーヌを亡くし、失望の時期に、たくさんの作品を購入し、壁画制作を依頼したそうです。(1937年 フジタ51歳)

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特別展は「レオナール・フジタとパリ」

絵画作品がほとんどで、コレクションのなかには、フジタが、いろいろな画家の作風を真似して描いた遊びのようなものもあり、そこには、以前、横浜で見た、乳白色の肌の、巨大な壁画を描いた人とは、別人のような、もっと親しみやすい、もっと皮肉屋な、野毛あたりで、仮装して、うろついていそうな(笑)・・・そんな人間くささを感じます。

一番、気になったのは、チケットの写真にもなっている「二人の少女と人形」でした。1918年の作品。個人蔵。

初めて会う子供たちでした。

どの絵も、好きだけれど、フジタの描く、こういった雰囲気の子供の絵がとても好きです。

最近は、どこの展覧会でも「クリアファイル」がグッズ売り場に並んでいて、譜面入れにちょうど良く、いつも買います。

それも、展覧会に行く、ささやかな、楽しみです。

また、どこかで、会えるといいな。

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今回の、秋田行きは、おじいさんのお見舞いでした。やっぱり、おじいさんとは、仲良くなれませんでした。

そんな訳で、施設には長居せず、美術館に行く時間ができました。

「女は、男より、馬鹿だ。俺は、息子より、偉い。息子の嫁は、俺より馬鹿で、身分が低い」

たぶん、こういう時代の価値観と、戦っていたのだと思います。
対決しないで、その価値観の中での、役割を担えば、摩擦はありません。でも、私は、摩擦がないことが嬉しいよりも、かえって混乱して、いつも体調が悪くなってしまいました。

心から、尊敬し、感謝し、甘えたり、支えたり、そういう関係を作れなかったのが、残念ですが、この長い不毛の時間の経験も、これから先に、深い愛情と、優しさになって、どこかで、だれかに、届くといいなと、思います。

いろいろあって、秋田が、大嫌いになった時もありましたが、フジタに会わせてくれて、ありがとう。

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